1867年(明治元年)、居留地の外国人からの要請で、吉田橋から本町通りにかけて馬車専用の道路が造られました。
(現在の馬車道)ところが当時の横浜は人口過密状態であったため、馬車の往来による危険防止のため歩道を造り、さらに街の景観的魅力の向上や緑化を意図して、街路樹を植え始めました。
(街路樹は、街道並木や参道並木等の、いわゆる地方並木とは違うものとされ、区別されています。) 当時は環境の変化にも強く、育てやすく景観的にも優れている松と柳が植えられました。
西洋化を目指していた馬車道沿いの各商店が、次々と自分の店舗前に植えたこともあり、馬車道の景観は一段と整備されていきました。
その後日本初のガス灯が馬車道に登場すると、街路樹とのコラボレーションの美しさは道行く人々の目を大いに楽しませてくれました。
1979年(昭和54年)横浜市が開港120周年記念事業の一つとして、馬車道通り沿いに「近代街路樹発祥之地」の碑を建てました。
現在は様々な樹種が選定されていき「アキニレ」が植えられていますが、復元されたガス灯との組み合わせは、当時を十分想い起こさせます。
取材場所詳細
場所:近代街路樹の地
住所:神奈川県横浜市中区尾上町五丁目 ★地図